【悲願】と【念願】の意味の違いと使い方の例文

言葉の使い方の例文

似た意味を持つ「悲願」(読み方:ひがん)と「念願」(読み方:ねんがん)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。

どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。

「悲願」と「念願」という言葉は、どちらも「強く願うさま」を意味しているという共通点があり、本来の意味は少し違いますが混同して使われる傾向があります。




悲願と念願の違い

悲願と念願の意味の違い

悲願と念願の違いを分かりやすく言うと、念願よりも悲願の方が、強く願う度合いが大きいという違いです。

悲願と念願の使い方の違い

一つ目の悲願を使った分かりやすい例としては、「核兵器の廃絶は私たち日本人の悲願です」「悲願の1部復帰を果たすことができた」「本屋大賞受賞の悲願が叶う」「オリンピックで悲願の金メダル獲得となりました」などがあります。

二つ目の念願を使った分かりやすい例としては、「春から念願の一人暮らしが始まります」「世界平和は人類共通の念願です」「小さい頃からの念願が叶いました」「修行を重ね念願かなって独立開業することになりました」などがあります。

悲願と念願の使い分け方

悲願と念願という言葉は、どちらも以前から持ち続けている強い願いを表しますが、意味や使い方には違いがあります。

悲願とは、ぜひとも成し遂げたいと思う悲壮な願いを意味します。悲願は実現を切望している願いであり、それを達成できないと非常に不都合であるなど、ネガティブな感情や危機感をもって物事に取り組むケースに使用される言葉です。

念頭とは、いつも心にかけて強く望むこと、長い間かなえたいと思っている望みや願いを意味します。念願という言葉は、常に成し遂げられたらいいなという思いがあり、成し遂げることを目標にしているような状況に使用される言葉です。悲願のようなネガティブな感情はありません。

つまり、悲願とは必ず成し遂げたい悲壮な願いであり、念頭とは成し遂げられたいいなと思っている願いです。二つの言葉を比べると、念頭よりも悲願の方が、強く望む切実な願望だと言えるでしょう。

悲願と念願の英語表記の違い

悲願を英語にすると「earnest wish」「one’s dearest wish」「Buddha’s vow to save mankind」となり、例えば上記の「私たちの悲願」を英語にすると「our dearest wish」となります。

一方、念願を英語にすると「one’s heart’s desire」「one’s prayer」「one’s long dream」となり、例えば上記の「念願の一人暮らし」を英語にすると「my long dream of living alone」となります。

悲願の意味

悲願とは

悲願とは、ぜひとも成し遂げたいと思う悲壮な願いを意味しています。

その他にも、「仏語、仏や菩薩 (ぼさつ) が慈悲の心から人々を救おうとして立てた誓い」の意味も持っています。

悲願の使い方

「悲願を果たすために全力を出し切る」「10年越しの悲願が叶う」「ついに悲願成就できて感無量です」「チーム発足からの悲願達成を果たす」などの文中で使われている悲願は、「ぜひとも成し遂げたい悲壮な願い」の意味で使われています。

一方、「阿彌陀仏の四十八願は悲願の一つです」「奈良県にある大悲願寺を訪ねる」「民衆救護の悲願をかけた大地蔵菩薩を建立しました」などの文中で使われている悲願は、「仏が慈悲の心から人々を救おうとして立てた誓い」の意味で使われています。

一般的には「ぜひとも成し遂げたい悲壮な願い」の意味で用いる

悲願とは、上記例文にあるように二つの意味を持ちますが、一般的には「ぜひとも成し遂げたい悲壮な願い」の意味で用いられています。悲願の「悲」は仏教で情け深いことや恵みを表し、「願」は請い求めることや祈り求めることを表します。

悲願の語源

悲願の語源は、仏教に由来します。仏教で用いられる悲願は、もともと仏や菩薩の「大慈悲心」を表し、いきとしいけるものを救済するために発する誓願を指す言葉です。これが転じて、現代では、どうしても成しとげたい大きな願いを意味するようになりました。

悲願の類語

悲願の類語・類義語としては、かねてからの願望や宿望を意味する「宿願」、もとから抱いている願いを意味する「本懐」、しきりに願うことを意味する「切願」、事情を述べて人の同情心に訴えて願うことを意味する「哀願」などがあります。

念願の意味

念願とは

念願とは、常に心にかけて強く望むこと、また、その望みを意味しています。

念願の使い方

念願を使った分かりやすい例としては、「念願のマイホームを購入しました」「積年の念願かなって大満足です」「念願の悪役令嬢に転生しました」「こんな形で念願が叶うとは思いませんでした」などがあります。

その他にも、「この春から念願の英語教師になります」「ついに念願の宝探しの旅に出ました」「念願叶って田舎暮らしが始まりました」「念願が達成された喜びを俳句にする」「念願成就の縁起物を買いました」などがあります。

念願の「念」は訓読みで「おもう」と読み、一途に思いをこめること、いつまでも心にとどめることを表します。請い求めることを表す「願」と組み合わさり、念願とは、一心に願い望むこと、ひたすら思い願うことを意味します。

表現方法は「念願力」

念願を用いた日本語には「念願力」(読み方:ねんがんりき)があります。念願力とは、一心に事に当たろうとする集中された精神の力を意味し、「念力」「願力」と言い換えることができます。

「念願におく」は誤用

念頭を用いた誤った表現には「念願におく」があります。正しくは「念頭に置く」であり、ある事柄をいつも忘れないでいることを意味します。

念願の類語

念願の類語・類義語としては、もとからの誓願や本来の願いを意味する「本願」、あることの実現をのぞみ願うことを意味する「希望」、ある事をこころざし願うことを意味する「志願」、心から望むことを意味する「切願」などがあります。

悲願の例文

1.車いすテニスの金メダリストが、悲願達成の舞台裏をテレビで語りました。
2.悲願の夢舞台である甲子園では、地元高校の分まで勝ち上がりたいです。
3.我がサッカーチームは昨年の雪辱を果たし、悲願の勝利を収めました。
4.これまで何度も決勝戦で敗れてきましたが、今年こそ悲願の優勝を果たすつもりです。
5.薬師如来の十二の大願は悲願の一つであり、私たちを救済するために立てられた誓いです。

この言葉がよく使われる場面としては、どうしても果たしたい悲壮な願い、仏菩薩が大慈悲から発する誓願を表現したい時などが挙げられます。

例文1から例文4の悲願は、どうしても果たしたい悲壮な願いを表しています。例文5の悲壮は、仏教用語として用いられています。

念願の例文

1.念願のロボット掃除機ですが、設定や使い方に四苦八苦しています。
2.危険な踏切を拡張して歩道を新設することは、私たち住民が長年抱く念願です。
3.念願だった一人暮らしは赤字スタートとなり、お金の使い方を見直しています。
4.円安でしたが、思い切って念願のハワイ旅行に家族で行ってきました。
5.英語を本格的に勉強し始めて一年ですが、こんなに早く留学という念願が叶うとは思いませんでした。

この言葉がよく使われる場面としては、常に心にかけて強く望むことを表現したい時などが挙げられます。

上記の例文にあるように、念願の慣用的な言い回しには「念願の〇〇」「念願だった」「念願が叶う」などがあります。「念願が叶う」とは、もとから抱いていた願いが達成されることを意味します。

悲願と念願という言葉は、どちらも「強く願うこと」を表します。どちらの言葉を使うか迷った場合、必ず果たしたい悲壮な願いを表現したい時は「悲願」を、以前からの願いを表現したい時は「念願」を使うようにしましょう。

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