【所謂】と【所詮】と【所為】の意味の違いと使い方の例文

言葉の使い方の例文

似た意味を持つ「所謂」(読み方:いわゆる)と「所詮」(読み方:しょせん)と「所為」(読み方:しょい)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。

どの言葉を使えば日本語として正しい言葉となるのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。

「所謂」と「所詮」と「所為」という言葉は、どれも「所」という漢字を使っていますが、意味は大きく異なりますのでご注意下さい。




所謂と所詮と所為の違い

所謂と所詮と所為の意味の違い

所謂と所詮と所為の違いを分かりやすく言うと、所謂は俗にいうを意味する時に使い、所詮は結局を意味する時に使い、所為は原因を意味する時に使うという違いです。

所謂と所詮と所為の使い分け方

所謂という言葉は、「所謂問題児として扱われている」「所謂お坊ちゃんとは金銭感覚がずれている」などの使い方で、世間一般で言う、俗にいうといったことを意味します。

所詮という言葉は、「所詮機械と侮ってはならない」「友達と言えど所詮は他人」などの使い方で、結局、つまるところといったことを意味します。

所為という言葉は、「自分の所為で招いた結果」「人の所為にしてはならない」などの使い方で、原因や理由、仕業を意味します。

これらのことから、同じ「所」を使う単語でも意味が大きく異なることがわかります。

他にも、「所以」(読み方:ゆえん)、「所縁」(読み方:ゆかり)、「他所」(読み方:よそ)のように、「所」を使っていても音読みの「しょ」や訓読みの「ところ」という読み方がなされない言葉がいくつかあります。

所謂の意味

所謂とは

所謂とは、世間一般に言われるということを意味しています。

所謂の読み方

所謂は「いわゆる」という読み方をする言葉ですが、「しょせん」など他の読み方はしません。それぞれの漢字の音読みを繋げると「しょい」となりますが、この読み方もしません。

所謂は知らないと読めない熟字訓のひとつ

この言葉は熟字訓という種類の熟語で、本来の漢字の読み方に関係なく、熟語全体にひとつの読み方を当てる熟語です。所謂の所を「いわ」、謂を「ゆる」のように分けて読んでいるわけではありません。「明日」「土産」「紅葉」も熟字訓の例です。

所謂の語源

もともと日本では、「言う」という言葉に奈良時代辺りまで使われていた受け身を表す助動詞の変化形である「ゆる」がついた「いわゆる」が存在し、言われているところという意味で使われていました。

「所謂」の漢字を漢文表現のように読んだ時の「謂う所」という言葉と、「いわゆる」が同じ意味であったことから、所謂を「いわゆる」と読むようになったのが語源です。

所謂の類語

所謂の類語・類義語としては、言ってみればを意味する「言わば」、例えて言うとを意味する「言うなれば」があります。

所詮の意味

所詮とは

所詮とは、最後に行き着くところを意味しています。

所詮の使い方

所詮という言葉はほとんどが否定的な意味の言葉を共に使われています。命令や意志を表すような言葉と共に使って、こうなった上ではという意味を表すこともありますが一般的ではありません。

所詮の由来

この言葉はもとは仏教用語で、仏教の経典によって説き明かされる内容を指していました。そこで説明される「所詮」を「詮ずる所」を訓読して、つまるところ、結局といった意味として使うようになったのが由来です。

さらに、鎌倉時代に書かれた仏教説話集である『沙石集』では「所詮なものなり」という表現で、仕方がないという意味を持たせています。

これらの「つまるところ」や「仕方がない」という意味がだんだん混同され、否定語を伴うことで「所詮この恋は叶わない」というように否定的な文章に使われるようになりました。

所詮の類語

所詮の類語・類義語としては、いろいろの経過を経て落ち着いた最後を意味する「結局」、終わりや結果を意味する「挙句」、どうやってみてもを意味する「到底」、物事や事柄の大部分を意味する「大方」(読み方:おおかた)があります。

所為の意味

所為とは

所為とは、振る舞いを意味しています。その他にも、そうなった原因や理由も意味します。

所為の読み方

所為と言う言葉は「しょい」という読み方をしますが、「そい」とも読みます。行いや仕業を意味するため、「しょい」とほとんど同じです。また、「しょい」が音変化した「せい」という読み方もあり、こちらは原因や理由を意味する言葉になります。

所為の語源

もとは漢文表現で「為せる所」と読むことから、行ったこと、行い、仕業を意味するようになったのが語源です。今日では「しょい」ではなく「せい」として使われることが多いですが、仕業や所業に代わる言葉の一つとして使われることもあります。

所為の類語

所為の類語・類義語としては、事柄の生じた理由や原因を意味する「事由」、物事の筋道を意味する「理屈」、人に咎められるような行為を意味する「仕業」、好ましくないような行いを意味する「所業」があります。

所謂の例文

1.今日ではブラック企業に関する問題、所謂労働問題が常に絶えない。
2.とある二つの国は昔から対立をしており、国際的にも所謂歴史問題として話題にされている。
3.彼は何をやらせても好成績を残す、所謂天才と皆に認識されているが、実際のところは裏でたくさんの努力を積んでいる。
4.息子のクラスには所謂モンペがいて、事あるごとに学校に苦情を申し立てて来るらしく、まだ教師歴の浅い今の担任には重荷だろうと思う。
5.娘は所謂撮り鉄というやつで、暇とお金さえあれば日本各地に出かけて電車の写真を撮っている。
6.年金の管理が複雑で杜撰な管理だったため持ち主不明の年金記録の存在が発覚したのが所謂消えた年金問題である。
7.私の友達は毎朝母親がベンツで学校まで送迎してくれる所謂お坊ちゃんであったので歩いて通学したことがなかった。

この言葉がよく使われる場面としては、世間一般に言われることを意味する時などが挙げられます。

どの例文の所謂という言葉も、「俗にいう」「世間一般で言う」などの表現に置き換えて使うことができます。

文章上では常用漢字ではないことから漢字表記ではなく、「いわゆる」とひらがな表記されることがほとんどです。

所詮の例文

1.彼は所詮夢でしかないといって自分の進路を変えようとしていたため、家族と相談することを勧めた。
2.所詮練習だからと手を抜いていたらいつまでも上達しないと叱咤激励される。
3.彼女の口癖は「所詮私なんて」であったが、否定的な態度を傍でされ続け、つい口を出してしまった。
4.子どもが別々の小学校になったとたん疎遠になったママ友がいて、所詮は子ども繋がりの所謂ママ友でしかなかったんだな、と気持ちを切り替えることにした。
5.高校まで神童と呼ばれたが、都会の大学でもっと頭のいい人が五万といる事を知り、自分は所詮井の中の蛙であったと、思い知った。
6.クラスメイトの彼は過去に友人に裏切られたことがあり、今では友人は所詮は赤の他人などと冷めた考えを持っている。
7.就職の面接で文化祭の実行委員だったことをアピールしたら面接官から所詮は学生のお遊びなどといわれてショックだった。

この言葉がよく使われる場面としては、つまるところ、結局を意味する時などが挙げられます。

どの例文の所詮という言葉も、「どうせ」「結局」などの表現に置き換えて使うことができます。

所為の例文

1.先輩が後輩の所為で試合に負けたと言い張っている。
2.実際の犯行に関わりはないが、損壊も犯人の所為だろう。
3.私たちの所為ではないのに疑われてからしばらく経ったが疑念は晴れない。
4.部下の所為は上司の責任であるはずだが、独裁者のようにすべてを部下の責任にしてしまうような無責任な上司もいる。
5.私の所為によって会社全体が悪く見られることはあってはならないので常にそれだけの責任を感じて業務に当たっている。
6.上司は私のミスでクライアントを怒らせてしまったのにもかからわず、私の所為が招いた結果であり責任は私にあるとかばってくれた。
7.学校に遅刻した原因を教師に弁解しようとすると聞く耳持たず「人の所為にするな!」と叱られてしまった。

この言葉がよく使われる場面としては、そうなった原因や理由を意味する時などが挙げられます。

どの例文の所為も、今日では「せい」と読んで使われることがほとんどで、文章であっても漢字表記ではなくひらがな表記にされます。

また、例えば「後輩の所為」を「後輩が原因」のように、どの例文も、所為のすぐ前につく助詞の「の」を「が」に変えることで、「原因」「理由」などの言葉に置き換えることができます。

所謂と所詮と所為どれを使うか迷った場合は、俗に言うということを表す場合は「所謂」を、つまるところを表す場合は「所詮」を、理由や原因を表す場合は「所為」を使うと覚えておけば間違いありません。

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