【検討】と【見当】の意味の違いと使い方の例文

言葉の使い方の例文

同じ「けんとう」という読み方を持つ「検討」と「見当」の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。

どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。

「検討」と「見当」という言葉は、読み方は同じでも意味は大きく違いますので、混同しないようご注意下さい。




検討と見当の違い

検討と見当の意味の違い

検討と見当の違いを分かりやすく言うと、検討というのは、物事の良し悪しをよく考えることを意味していて、見当というのは、おおまかな予想・見込みを意味しているという違いです。

検討と見当の使い分け方

最初の検討というのは、物事の良し悪しをしっかりと考えることを意味しています。例えば「今後の作業日程を全体で検討する」というのは、スケジュールを吟味し、この計画でいいのか、もっと良い代案はあるのかを詳細に吟味することを意味しています。

また「新しい学説についての検討会を開く」というのは、新たに提出された学説の妥当性を、既存の学説と照らし合わせながらしっかり考えることを意味しています。

検討という言葉は、単に考えるというのではなく、しっかりと考えるという意味合いがあります。そのため「検討します」と発言すると、ある種の責任が生じます。ビジネスなどのフォーマルな場面で「考える」という意味を使う時には、検討が用いられます。

次に、見当というのは、おおよその予想・見込みを意味しています。「見当がつく」や「見当違い」などのように用いられます。例えば「犯人の見当がついた」というのは、確証はないが誰が犯人かだいたい分かったことを意味しています。

また「美味しそうなお店だったけれども見当違いだった」というのは、美味しいと思って入った飲食店だったが、当てが外れたということを意味しています。

見当というのは、客観的な根拠に乏しい予想のことです。例えば「推論」(読み方:すいろん)は、客観的な論理と証拠を積み上げるタイプの予想ですが、見込みは直感的なものを働かせるタイプの予想です。

検討の意味

検討とは

検討とは、物事の是非をしっかりと考えることを意味しています。対象を単にぼんやり考えるのではなく、それが良いか悪いかしっかりと考えるというのが、検討という言葉の意味です。

検討の語源

検討の検という字には、「検査」という言葉からも連想出来るように、「しらべる」という意味があり、もう一つの討という字には「打つ、叩く」という意味があります。

検討の使い方

言葉の成り立ちから見ると、検討という言葉には「物を叩いて調べる」という意味合いがあることが分かります。「ある物事を検討する」というのは、当の物事がきちんと役目を果たすことが出来るのか試すために、批判的に吟味するということです。

検討という言葉は、「しっかりと」考えて批判的に吟味することです。そのため、検討することには真剣さ・誠実さ・責任感といったものが求められます。「検討しておきます」と言ったきり放置したり、いいかげんに行うことなどは、本来ならば許されません。

こうした意味合いを持つために、検討という言葉はビジネスなどのフォーマルな場面で用いられる傾向があります。ビジネスシーンでの「考えます」は「検討します」と同義とさえ言うことが出来ます。

表現方法は「検討する」「検討を重ねる」「検討中です」

「検討する」「検討を重ねる」「検討中です」などが、検討を使った一般的な言い回しです。

検討の類語

検討の類語・類義語としては、物事に思いを巡らせることを意味する「考慮」、見落としてしまいそうな物事をしっかりと考えの中に入れることを意味する「顧慮」、自分自身について顧みることを意味する「省察」などがあります。

検討の検の字を使った別の言葉としては、異常や故障、不適合がないか調べることを意味する「検査」、建物などの不具合がないかし調べることを意味する「点検」、試験をして資格などの合格・不合格、認定・不認定を決めることを意味する「検定」などがあります。

検討の討の字を使った別の言葉としては、ある事柄について互いに意見を出し合って論じることを意味する「討論」「討議」、物事の真理を突き詰めるために研究することを意味する「討究」などがあります。

見当の意味

見当とは

見当とは、直感的に見抜かれる、大まかな予想・見込みを意味しています。見当という言葉を理解するためには、「直感的に分かる」「勘が働いて分かる」という意味合いがあることを覚えておく必要があります。

見当の使い方

直感的に分かることを意味する「見当」と対照的に、「推論」(読み方:すいろん)は客観的な証拠やロジックを積み上げて結論に至ることです。この対比関係を覚えておくと、見当という言葉の意味が分かりやすくなります。

例えば刑事が「犯人の見当がついた」と言ったり、学者が「仮説の見当がついた」と言った場合には、「刑事としての/学者としての勘が働いている」ということが念頭に置かれています。

もちろん、刑事には確証とは言えないまでも手掛かりがあるし、学者は論理的かつ客観的に考えています。しかし見当という言葉が使われている以上、「直感が働いている」ことが表現されています。

表現方法は「見当をつける」「見当がつかない」「見当違い」

「見当をつける」「見当がつかない」「見当違い」などが、見当を使った一般的な言い回しです。

見当の類語

見当の類語・類義語としては、目当ての物、目標、見込みなどを意味する「目星」、行動や将来の目標、見込みを意味する「当て」、おしはかることを意味する「臆度」(読み方:おくたく)などがあります。

見当の見の字を使った別の言葉としては、実際に見聞きすること、またそうして得られた経験や知識を意味する「見聞」、物事に対する確固たる考え方、物事を見通す力を意味する「見識」、物事を論じる時の立脚点を意味する「見地」などがあります。

見当の当の字を使った別の言葉としては、当てはまっていることを意味する「該当」、ある基準や条件、要求に見合っており、相応しいことを意味する「適当」、基準や条件、要求などに相応しくないことを意味する「不当」などがあります。

検討の例文

1.どちらの言い分が正しいのか検討するには、手持ちの情報だけでは足りない。
2.まだ立ち上がったばかりの企画なので、細部については検討の余地がある。
3.対応については社内で検討中ですので、しばらくお待ちください。
4.以上の件につきまして、ご検討いただければ幸いです。
5.大学のゼミで、論文を比較検討する機会があり、議論が白熱した。
6.今日A社から提案された案はとてもよい案だと思うのですがちょっと費用の面で再検討の余地があると思います。
7.スピードが重視される時代に、本社に持ち帰って検討しますなどという企業は立ち遅れてしまうだろう。
8.私は事を荒立てなくなかったのだが、あそこまで言われるのであれば法的措置を検討せざるを得ない。
9.最近車の調子が良くないので、新車もしくは中古車の購入を検討することにしました。
10.プロジェクトについては検討の余地があるものの、このまま行けば上からGOサインが出るだろう。

この言葉がよく使われる場面としては、フォーマルな場で批判や吟味をすることを表現したい時などが挙げられます。

吟味という言葉は食べ物をよく味わうことを表現するものですが、物事の神髄を知るという意味でも使われる言葉です。批判も吟味も英語では両方「クリティック」です。話題になって久しい「クリティカルシンキング」も、「クリティック」から来ている言葉です。

批判というのは、非難とほとんど同じような意味で、「悪いことをした人を責める、懲らしめる」程度の意味だと理解されていますが、英語の「クリティック」には勧善懲悪的なイメージはなく、「吟味し、是非について客観的に論じる」というような意味です。

検討という言葉は「クリティック」に近い意味を持ちます。しかし「討議」や「討論」という言葉との繋がりから分かるように、「複数人で話し合う」という意味合いを持つことも多く、ビジネスなどの場面で多用されます。

また「クリティック」は論理を極限まで突き詰めるという意味合いを持ちますが、検討と言う言葉にはそこまでの強い意味はありません。

論理を突き詰める批判や吟味、つまり「クリティック」は時として攻撃的になる場合もありますが、検討はもっと穏健な言葉です。

見当の例文

1.どちらの言い分が正しいのか、全く見当がつかない。
2.友人の家の場所は地図で調べたから大体の見当はついていたが、実際に足を運んでみると道に迷ってしまった。
3.ゼミで見当違いな発言をして、発表者を困らせてしまった。
4.始めの頃につけていた見当からは大分外れたところに事業が落ち着いた。
5.実行犯の見当はとっくについているんだが、確証が得られていない。
6.探偵は犯人の見当がついたと言っていたが、まだ証拠が足りないからと名前を明かしてくれなかった。
7.私は彼らに気を使ったつもりだが、どうやら見当違いなことをしてしまったらしい。
8.皆は謎解きゲームを軽々と正解しているのに、私はまったく見当がつかなかった。
9.テスト勉強をするときは漠然とやるよりも、ある程度見当をつけてからやると効率よくできます。
10.私はライバル社の製品情報の発表で、見当違いな解釈をしてしまい、上司からお叱りを受けました。

この言葉がよく使われる場面としては、直感的に分かる見込みや予測などを表現したい時などが挙げられます。

直感的な思考と論理的な思考は通常入り混じっています。例えば例文5の「犯人の見当はついている」というのは、100%直感で犯人の目星をつけているわけではなく、そこに至るまでに、客観的な証拠に基づいた、地道で堅実な捜査があるものです。

なので論理的、客観的な側面がある状況だからといって「見当」が使えないわけではありません。ただし「見当」を使って表現されている状況には、直感や勘も必ず働いているということは、ぜひとも理解しておいて下さい。

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