【諸行無常】と【諸法無我】の意味の違いと使い方の例文

言葉の使い方の例文

似た意味を持つ「諸行無常」(読み方:しょぎょうむじょう)と「諸法無我」(読み方:しょほうむが)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。

どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。

「諸行無常」と「諸法無我」という言葉は、どちらも「永久不変なものはないこと」を意味しているという共通点があり、本来の意味は少し違いますが混同して使われる傾向があります。




諸行無常と諸法無我の違い

諸行無常と諸法無我の意味の違い

諸行無常と諸法無我の違いを分かりやすく言うと、諸行無常とは変化していく世の性質を表し、諸法無我とは定まっていない万事の性質を表すという違いです。

諸行無常と諸法無我の使い方の違い

一つ目の諸行無常を使った分かりやすい例としては、「災害と戦争が続き諸行無常観が広まる」「次々と変わるブームに諸行無常を感じる」「昔と様変わりした風景に諸行無常を思う」などがあります。

二つ目の諸法無我を使った分かりやすい例としては、「あらゆる事が影響しあう諸法無我の世です」「諸法無我は仏教の根本的な教えです」「ご縁によって生かされていると諸法無我を痛感する」などがあります。

諸行無常と諸法無我の使い分け方

諸行無常と諸法無我という言葉は、どちらも仏教の教えの一つであり、この世の万物に永久不変なものはないことを表します。二つの言葉は、ほぼ同じように使われていますが、厳密な意味や使い方には違いがあります。

諸行無常とは、世の全ての物事は常に変化して、とどまることはないことを意味します。特に人生について、はかなく虚むなしいものであることを表す時に用いられる言葉です。

諸法無我とは、この世に存在するあらゆる事物は因縁によって生じるものであり、不変の実体である我は存在しないという考え方です。

諸行無常が変化していく世の中の性質を表すことに対し、諸法無我は定まった形を持たない物事の性質を表しています。二つの言葉は、同じ真理について角度を変えて説いたものだと言えるでしょう。

諸行無常と諸法無我の英語表記の違い

「諸行無常」も「諸法無我」も直訳した英語はありませんが、近い表現として「永遠に変わらないものはないこと」を英語で表現すると「all things must pass」「the impermanence of all things」となります。

諸行無常の意味

諸行無常とは

諸行無常とは、世の中の一切のものは常に変化し生滅して、永遠に変わらないものはないことを意味しています。

諸行無常の使い方

諸行無常を使った分かりやすい例としては、「諸行無常を肝に銘じて今を生きる」「仏教の根本思想に諸行無常がある」「年齢を重ねて世間の諸行無常を感じます」「私の座右の銘は諸行無常です」などがあります。

その他にも、「諸行無常なる日々を淡々と過ごしています」「古文の授業で諸行無常の響きありの意味を聞かれた」「元アイドルの今の姿に諸行無常を感じてしまう」「諸行無常の世界観を表現した作品です」などがあります。

諸行無常は仏教用語

諸行無常とは、仏教用語の一つであり、万物は常に流転しており変化や生滅が絶えないことを意味します。「諸行」とは因縁によって生じた、この世の一切の事物や現象を表し、「無常」とはこの世に永遠不変のものはないということや、人生のはかなさを表します。

「諸行無常偈」の意味

諸行無常という言葉を用いた仏教用語には「諸行無常偈」があります。涅槃経にある4句の偈の一つです。偈とは、教理や仏をほめたたえた言葉のことであり、諸行無常・是生滅法・生滅滅已・寂滅為楽の4句があります。

諸行無常の対義語

諸行無常の対義語・反対語としては、いつまでも変わらないことを意味する「万古不易」、いつまでも果てしなく続いて変わらないことを意味する「永久不変」、百代を経てもすりへらない意で永久に不滅であることを意味する「百世不磨」などがあります。

諸行無常の類語

諸行無常の類語・類義語としては、この世は無常であり勢いの盛んな者もついには衰え滅びるということを意味する「盛者必衰」、現象や存在は常に移り変わるものであり一定しているものではないことを意味する「有為無常」などがあります。

諸法無我の意味

諸法無我とは

諸法無我とは、宇宙間に存在するあらゆる事物には、永遠不変な本性である我ががないということを意味しています。

諸法無我の読み方

諸法無我の読み方は「しょほうむが」です。誤って「しょほうむわ」「しょほうぶが」などと読まないようにしましょう。

諸法無我の使い方

諸法無我を使った分かりやすい例としては、「浄土真宗における諸法無我をわかりやすく教えて下さい」「諸法無我の例に先祖との繋がりがあります」「諸法無我はバラモン教のアートマンを否定している」などがあります。

その他にも、「すべては諸法無我であり諸行無常でもある」「諸法無我であると空虚感に襲われた」「英語の表現方法も移り変わる諸法無我だと言える」「諸法無我など猿の戯言だろう」「諸法無我だと達観して生きる」などがあります。

諸法無我という言葉の「諸法」とは、この世の有形や無形の一切のものを表し、「無我」とは不変である実体などは存在しないことを表します。諸法無我とは、あらゆる事物は因縁によって生じるものであって、不変の実体である我は存在しないとする仏教用語です。「諸法皆空」とも言います。

諸法無我とは、仏教の中心思想を示す三法印の一つです。諸行無常・諸法無我・涅槃寂静の三つが三法印であり、これに一切皆苦を加えると四法印となります。

諸法無我の対義語

諸法無我の対義語・反対語としては、永遠に変わらないことを意味する「万代不易」、永遠に変化しないことや価値などが長年にわたり変化しないことを意味する「千古不易」などがあります。

諸法無我の類語

諸法無我の類語・類義語としては、世の事物は因縁によって存在しているもので常に移り変わっていくものであることを意味する「有為転変」、この世にあるあらゆるものは絶え間なく変化してやまないことを意味する「万物流転」などがあります。

諸行無常の例文

1.お坊さんが説法の中で、諸行無常の意味を寄せては返す波に例えて分かりやすく説明してくれました。
2.世の中は諸行無常であることを受け入れて、今を生きることが大切だと思います。
3.生きていることが辛いと感じた時にこそ、全ての出来事や人の心は諸行無常であることを思い出して下さい。
4.平家物語の冒頭文である「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり」を英語に訳す課題を出された。
5.熱狂的にアイドルを支持していたオタクが、急に熱が冷めているのを見ると諸行無常だと感じる。

この言葉がよく使われる場面としては、全ての現象は常に変化し生滅して、永久不変なものはないということを表現したい時などが挙げられます。

例文4にある「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり」は、平家の栄華と没落を描いた「平家物語」の有名な一節です。祇園精舎の鐘の音は、この世の無常さを感じさせるものであることを意味します。

諸法無我の例文

1.曹洞宗の教えによると、この世の中はすべて諸法無我であり縁が重なって成り立っているそうです。
2.寺の住職が、仏教の縁起の法と諸法無我の違いについて、具体例を挙げながら分かりやすく教えてくれました。
3.諸法無我の考えに立てば、バラモン教でいうアートマンは実体として存在しないことになります。
4.神や仏など一切信じない彼は、諸法無我など猿の戯言だと吐き捨てるように言った。
5.時代と共に言語の意味や使い方が変わるのも、諸法無我だと考えられるでしょう。

この言葉がよく使われる場面としては、あらゆる事物は因縁によって生じるものであって、不変の実体である我は存在しないという考え方を表現したい時などが挙げられます。

上記の例文にあるように、諸法無我という言葉は、全ての物事は周囲から影響を受けながら変化しているために不変の存在ではないことを表します。

諸行無常と諸法無我という言葉は、どちらも永久不変なものはないことを表します。どちらの言葉を使うか迷った場合、変化し続ける世の性質を表現したい時は「諸行無常」を、定まっていない万事の性質を表現したい時は「諸法無我」を使うようにしましょう。

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