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【犬に論語】と【牛に経文】の意味の違いと使い方の例文

言葉の使い方の例文

似た意味を持つ「犬に論語」(読み方:いぬにろんご)と「牛に経文」(読み方:うしにきょうもん)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。

どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。

「犬に論語」と「牛に経文」という言葉は、どちらもいくら道理を説いて聞かせても益がないことを意味しているという共通点があり、本来の意味は少し違いますが混同して使われる傾向があります。




「犬に論語」と「牛に経文」の違い

「犬に論語」と「牛に経文」の意味の違い

「犬に論語」と「牛に経文」の違いを分かりやすく言うと、「犬に論語」は犬が語源の言葉、「牛に経文」は牛が語源の言葉という違いです。

「犬に論語」と「牛に経文」の使い方の違い

一つ目の「犬に論語」を使った分かりやすい例としては、「私にそんな専門的な話をしても犬に論語だよ」「覚える気がない人に一生懸命説明しても犬に論語です」「彼にオーケストラを聞かせても犬に論語だと思います」などがあります。

二つ目の「牛に経文」を使った分かりやすい例としては、「彼に丁寧な説明をしても牛に経文だ」「考え方が違うのであればいくら話し合っても牛に経文です」「アドバイスを聞かない人に教えたとしても牛に経文だと思います」などがあります。

「犬に論語」と「牛に経文」の使い分け方

「犬に論語」と「牛に経文」はどちらもいくら道理を説いて聞かせても益がないことを表しており、大きな違いはありません。あえて違いを挙げるならば、犬が語源の言葉なのが「犬に論語」、牛が語源の言葉なのが「牛に経文」と覚えておきましょう。

「犬に論語」と「牛に経文」の英語表記の違い

「犬に論語」も「牛に経文」は直訳した英語表現はありませんが、近い表現として「pray to deaf ears」「preach to deaf ears」などがあります。

「犬に論語」の意味

「犬に論語」とは

「犬に論語」とは、いくら道理を説いて聞かせても益がないことを意味しています。

「犬に論語」の使い方

「犬に論語」を使った分かりやすい例としては、「彼女は考え方が偏っているので何を言っても犬に論語だと思うよ」「覚える気がない人に一生懸命教えても犬に論語です」「基礎もできていない人に専門的なことを教えても犬に論語だ」などがあります。

「犬に論語」はいくら道理を説いて聞かせても益がないことを意味することわざです。ことわざとは、古くから言い伝えられてきた教訓または風刺の意味を含んだ短い言葉のことを意味しています。

「犬に論語」は犬が話を理解できないことを人に比喩した表現です。つまり、意思疎通ができない人を批判するマイナスなイメージで使う言葉になります。そのため、相手に直接使うのは避けた方がいいでしょう。

また、「犬に論語」は自分の知識が足りていない時の自虐や謙遜として、自分自身に対して使うこともできます。

「犬に論語」の由来

「犬に論語」の語源は犬にまつわることなのは分かっているのですが、正確な由来は判明していません。

由来に関しては諸説あり、孔子の教えが書かれたありがたい論語を犬に聞かせても何の意味もないことが由来だと主張する人もいれば、江戸時代に浄瑠璃や歌舞伎の作者として人気を博した近松門左衛門の「犬に論語といふたとへ」が由来と主張する人もいます。

以上のことから、正確な由来は判明していないものの、元禄時代には普及していた言葉です。元禄時代とは江戸中期で5代将軍徳川綱吉の時代のこと指しています。

「犬に論語」の類語

「犬に論語」の類語・類義語としては、貴重なものを与えても本人にはその値打ちが分からないことを意味する「猫に小判」、いくら意見をしても効き目がないことを意味する「兎に祭文」(読み方:うさぎにさいもん)などがあります。

「牛に経文」の意味

「牛に経文」とは

「牛に経文」とは、いくら説き聞かせても効き目のないことを意味しています。

「牛に経文」の読み方

「牛に経文」の読み方は「うしにきょうもん」です。誤って「うしにけいもん」「うしにけいぶん」などと読まないようにしましょう。

「牛に経文」の使い方

「牛に経文」を使った分かりやすい例としては、「彼女に意見しても牛に経文だと思うよ」「私にそんな難しい話をされても牛に経文ですよ」「やる気がない彼に勉強を教えても牛に経文だと思います」などがあります。

「牛に経文」はいくら説き聞かせても効き目のないことを意味することわざです。

「牛に経文」は牛が話を理解できないことを人に比喩した表現です。つまり、意思疎通ができない人を批判するマイナスなイメージで使う言葉になります。そのため、相手に直接使うのは避けた方がいいでしょう。

また、「牛に経文」は自分の知識が足りていない時の自虐や謙遜として、自分自身に対して使うこともできます。

「牛に経文」の語源

「牛に経文」の語源は牛です。経文とは仏教の経典のことで、動物に牛にお経を聞かせたとしても、難しすぎてありがたいと思うことはありません。この様子が転じて、いくら説き聞かせても効き目のないことを「牛に経文」と言うようになりました。

「牛に経文」の類語

「牛に経文」の類語・類義語としては、いくら意見をしても全く効き目のないことを意味する「馬の耳に念仏」、何を言っても無関心で反応がないことを意味する「馬耳東風」などがあります。

「犬に論語」の例文

1.私は音楽に詳しくないので、私にバンドの話をしても犬に論語ですよ。
2.クラシックを聞きにいったものの途中で寝てしまったので、私には犬に論語でした。
3.ノーベル医学賞を受賞した人の講義を聞いたが、私には理解できず犬に論語だ。
4.名誉教授が授業してくれたものの、学生には難しすぎて犬に論語でした。
5.彼女は理解する気が全くないので、どんなに丁寧に説明しても犬に論語だろう。

この言葉がよく使われる場面としては、いくら道理を説いて聞かせても益がないことを表現したい時などが挙げられます。

上記の例文にあるように、「犬に論語」はマイナスなイメージで使われることが多い言葉です。

「牛に経文」の例文

1.やる気のない彼に丁寧に説明したとしても、牛に経文だと思います。
2.新入社員に難しい仕事を教えても牛に経文なので、まずは簡単な仕事から教えようと思います。
3.彼女は非常に頑固で偏った考え方しかしないので、何を言っても牛に経文だろう。
4.有名な物理学者のスピーチを聞いたが、私には難しすぎて牛に経文でした。
5.彼は自分の意見を決して曲げないので、何を言っても牛に経文だと思います。

この言葉がよく使われる場面としては、いくら説き聞かせても効き目のないことを表現したい時などが挙げられます。

上記の例文にあるように、「牛に経文」はマイナスなイメージで使われることが多い言葉です。

「犬に論語」と「牛に経文」はどちらもいくら道理を説いて聞かせても益がないことを表します。どちらの言葉を使うか迷った場合、犬が語源なのが「犬に論語」、牛が語源なのが「牛に経文」と覚えておきましょう。

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