似た意味を持つ「義憤」(読み方:ぎふん)と「私憤」(読み方:しふん)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。
どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。
「義憤」と「私憤」という言葉は、どちらも「怒ること」を表しているという共通点があり、本来の意味は少し違いますが混同して使われる傾向があります。
義憤と私憤の違い
義憤と私憤の意味の違い
義憤と私憤の違いを分かりやすく言うと、義憤とは不正に対して怒ることを意味し、私憤とは個人的なことに対して怒ることを意味するという違いです。
義憤と私憤の使い方の違い
一つ目の義憤を使った分かりやすい例としては、「理不尽なニュースを聞いて義憤に駆られる」「筋が通らないことに対して義憤を感じる」「動物たちの命が粗末に扱われる現状を知り義憤に燃える」などがあります。
二つ目の私憤を使った分かりやすい例としては、「SNSを使って私憤を晴らすなんてよくないよ」「どうやら彼女は私に対して私憤を抱いているようだ」「私憤から公憤へ変える方法はありますか」などがあります。
義憤と私憤の使い分け方
義憤と私憤という言葉は、どちらも非難の気持ちから腹を立てて怒ることを表しますが、厳密な意味や使い方には違いがあります。
義憤とは、道義に外れた悪行や、不公正なことに対する怒りを意味します。正義に反していること、公正ではないことに用いられる言葉であり、怒りの対象は限定されます。個人的な事柄や感情に任せた怒りに対しては使用できない言葉です。
私憤とは、私事の怒りであり、個人的な事柄について腹を立てていることを意味します。不満や不快なことから感じる個人的な感情を表します。日常会話ではあまり使われず、硬い文章で使用されることが多い文章語です。
つまり、二つの言葉の違いは、何に対して腹を立てているかです。義憤とは道義に外れたことや不正に対する怒りであり、私憤とは個人的な事柄に対する怒りです。義憤と私憤は、怒りの対象において、相反する意味を持つ言葉だと言えるでしょう。
義憤と私憤の英語表記の違い
義憤を英語にすると「indignation」「righteous rage」となり、例えば上記の「義憤に駆られる」を英語にすると「be driven into a righteous rage」となります。
一方、私憤を英語にすると「personal grudge」「personal enmity」となり、例えば上記の「私憤を晴らす」を英語にすると「satisfy a personal grudge」となります。
義憤の意味
義憤とは
義憤とは、道義に外れたこと、不公正なことに対する憤りを意味しています。
義憤の読み方
義憤の読み方は「ぎふん」です。誤って「ぎぶん」「きふん」などと読まないようにしましょう。
表現方法は「義憤を感じる」「義憤に駆られた」「義憤を覚えて」
「義憤を感じる」「義憤に駆られた」「義憤を覚えて」などが、義憤を使った一般的な言い回しです。
義憤の使い方
義憤を使った分かりやすい例としては、「ポイ捨てを見て義憤に駆られる」「腐敗した政治に義憤を覚える」「そう簡単に義憤心は収まらない」「義憤殺人罪として起訴された」「不当に扱われていることに義憤を感じる」などがあります。
その他にも、「横暴な市政に対して義憤に駆られる」「他人の不倫に義憤を感じる」「道徳的義憤の役割が重視されている」「歪んだ情報の蔓延は義憤に堪えない」「自分に酔ってる義憤マンはうざいと感じる」などがあります。
義憤の「義」は訓読みで「よい」と読み、人のふみ行うべき正しい筋道を表します。「憤」は訓読みで「いきどおる」と読み、激しく腹を立てることを表す漢字です。義憤とは、道理に外れたことや不公正なことに対して憤ることを意味する言葉です。
「義憤に駆られる」の意味
上記の例文にある「義憤に駆られる」とは、正義に反している事柄に対して、怒りの感情に突き動かされる様子を表し、「義憤に燃える」と言い換えることができます。「駆られる」は、ある激しい感情に動かされることです。
義憤の対義語
義憤の対義語・反対語としては、個人的なことについての恨みを意味する「私憤」などがあります。
義憤の類語
義憤の類語・類義語としては、社会の悪に対して自分の利害をこえて感じる憤りを意味する「公憤」、社会の不正や乱れなどを悲しみ憤ることを意味する「悲憤」、憤りなげくことを意味する「慨嘆」などがあります。
私憤の意味
私憤とは
私憤とは、個人的な事柄での憤り、個人として抱く怒りを意味しています。
私憤の読み方
私憤の読み方は「しふん」です。誤って「しぷん」「しぶん」などと読まないようにしましょう。
私憤の使い方
私憤を使った分かりやすい例としては、「この事件は私憤にもとづく犯行であろう」「誰しも私憤を抱くことはあるでしょう」「私憤と公憤は紙一重である」「私欲や私憤に拘泥しないように心掛ける」などがあります。
その他にも、「積もり積もった私憤を晴らす」「私は英語教師に私憤を抱いている」「その蛮行は私憤に由来する暴力であった」「私憤ではなく公憤を持ち続けることが大切です」「私憤から公憤へと変化することがある」などがあります。
私憤とは、文字通り「私的な憤り」であり、自分にのみ関係のある事で憤ることを意味します。他人から嫌なことをされてカッとしたり、自分の愚かさに嫌気がさして憤りを感じたりすることを、「私憤」と言い表します。
「私憤を晴らす」の意味
私憤を用いた言い回しには「私憤を晴らす」があります。「私憤を晴らす」とは、個人的な憤りを取り除いて晴れ晴れとした気持ちにさせることを意味します。「晴らす」は、不快な気持を取り去って解消させることです。
私憤の対義語
私憤の対義語・反対語としては、社会の悪に対して自分の利害をこえて感じる憤りを意味する「公憤」、道に外れたことに対して発する怒りを意味する「義憤」などがあります。
私憤の類語
私憤の類語・類義語としては、私的な怒りを意味する「私忿」、個人的な恨みを意味する「私怨」、腹を立てることや怒ることを意味する「立腹」、ひどく怒ることを意味する「憤怒」、ひどく腹を立てることや慷慨を意味する「憤慨」などがあります。
義憤の例文
この言葉がよく使われる場面としては、道義にはずれたことや不正なことに対して憤慨することを表現したい時などが挙げられます。
上記の例文にあるように、義憤の慣用的な言い回しには「義憤に燃える」「義憤に駆られる」「義憤を感じる」などがあります。例文3にある「義憤マン」とは、義憤する人意味し、皮肉めいたニュアンスを伴う表現です。
私憤の例文
この言葉がよく使われる場面としては、私事に関する憤り、個人的な利害による怒りを表現したい時などが挙げられます。
上記の例文にあるように、私憤の慣用的な言い回しには「私憤を晴らす」「私憤を抱く」などがあります。例文3や例文4のように、私憤という言葉は、義憤や公憤という言葉と対比して使用されることがあります。
義憤と私憤という言葉は、どちらも「腹を立てている様子」を表します。どちらの言葉を使うか迷った場合、不正に対して腹を立てることを表現したい時は「義憤」を、個人的なことに対して腹を立てることを表現したい時は「私憤」を使うようにしましょう。