【回顧】と【懐古】の意味の違いと使い方の例文

言葉の使い方の例文
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同じ「かいこ」という読み方、似た意味を持つ「回顧」と「懐古」の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。

どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。

「回顧」と「懐古」という言葉は、どちらも過去を思い返すことを意味するという共通点があり、本来の意味は少し違いますが混同して使われる傾向があります。



回顧と懐古の違い

回顧と懐古の違いを分かりやすく言うと、回顧とは過去のことについて考えを巡らせることで、懐古とは過去を懐かしむことを意味しているという違いです。回顧と懐古の違いは、態度の違いです。

一つ目の「回顧」は「過去の出来事に思いを致す」ことを意味する言葉です。自分が実際に携わっていたかどうかに関わらず、過去について思いを寄せ、またそれについて考えることを意味するのが回顧という言葉です。

例えば「過去の戦争を回顧する」ことは、戦後に生まれた人間にも出来ることです。その戦争についての知識を養い、戦争を問題とするという態度があれば、回顧することは出来ます。

回顧という言葉が表現する態度は、過去の出来事の客観的な知識を覚えることではありません。むしろ、過去の出来事をどのように理解するべきなのか、自分の今生きている現代に対してどのように影響しているのか、などへ向かう態度を表現しています。

例えば、沖縄の戦争について学校で知識として学ぶのは回顧ではなく、修学旅行などの一環でひめゆりの塔やガマを訪れてガイドさんに話をしてもらうのは、回顧の一種と言えます。

二つ目の「懐古」は「過去の出来事を懐かしく思う」という意味の言葉です。基本的には自分が実際に携わっていたこと、経験したことについてだけ懐古することが出来ます。

例えば、平成生まれの人が昭和の時代を懐古することは、普通は出来ません。自分が体験することの出来ない物に対して出来るのは、懐古ではなく回顧です。

また、懐古には特別な態度は必要ありません。回顧が多かれ少なかれ目的意識を要求すること、また回顧によって自分の考え方を深めたり変えたりすることがあるのとは異なります。

懐古では自分の物の見方が深まったり、考え方が変わることはありません。言わば自分の心の引き出しを開けて、中を見たり見せたりするだけなのです。

懐古は自分の経験した物事に対してだけ行うことが出来ますが、例外もあります。「懐古趣味」(読み方:かいこしゅみ)の場合は、自分の生まれる前の時代に対して懐古するという事態が生じます。

懐古趣味とは古い時代の物事に執着心を見せることです。懐古趣味の典型例が骨董品収集だと考えると、意味が分かりやすくなります。

回顧の意味

回顧とは、過去の出来事について考え、そこから何か有意義なことを見出すことを意味しています。

回顧には、多かれ少なかれ客観的な態度が求められます。過去の物事にピタリと寄り添い、自分の心地よい感情を発露する懐古とは異なり、回顧には過去へのある種の冷静な眼差しが必要とされています。

しかし、回顧は単に過去の物事に対して客観的であれば良いのではありません。客観的に、いわば冷めた目で知識を蓄積することを目指す「学習」は回顧とは呼べません。また、いたずらに過去を批判しようとするような態度も、回顧ではあり得ません。

「回顧」は「過去をどのように理解すべきなのか、過去の物事が現代にとってどのような意義を持つのか」といった態度を表現する言葉です。過去の物事に対して距離を取って学習するのとも、過去の出来事にべったりと寄り添って讃美する懐古とも異なります。

回顧には、過去の出来事に対するある種の親しみの念も必要ですし、他方でまた、批判的に吟味することも必要です。

回顧の類語・類義語としては、以前の経験を思い返すことを意味する「回想」などがあります。回想は自分の経験を思いかえすという点では懐古と共通していますが、ある程度の客観的な眼差しのニュアンスがある点では回顧に近い言葉です。

回顧の回字を使った別の言葉としては、以前と同じものが巡りまわって再びやって来ることを意味する「回帰」、失敗を後から取り戻すことを意味する「挽回」、元の状態に戻ることを意味する「回復」などがあります。

回顧の顧の字を使った別の言葉としては、物事に心から配慮することを意味する「顧慮」、自分の店をひいきしてくれる客のことを意味する「顧客」などがあります。

顧という字には「心から」という意味合いがあることを知っておくと、「回顧」という言葉が「過去の物事を客観的に考えながら、他方でそれに対するある種の親しみを抱いている」という意味合いが納得出来るようになります。

懐古の意味

懐古とは、自分の過去の出来事や、過去の自分に関係のある物事を懐かしみ、愛しむことを意味しています。懐古は自分本位のものです。その点で、客観的に考察するという要素を含む回顧と異なります。

懐古は懐かしみ、愛しむ気持ちから来るものなので、懐古される過去の物事には明るいイメージが抱かれています。思い出したくもないような出来事を思い出すことは、懐古になり得ません。

懐古の対象となりえるのは、基本的には自分の経験だけです。現代に生きる人間が江戸時代に対して「失われた日本の心」と言われる時のようなノスタルジーを抱くことはあっても、江戸時代を懐古することは出来ません。ただし、「懐古趣味」の場合は例外です。

懐古趣味の懐古は、自分が生まれる前の時代に対して向けられていると考えることが出来ます。懐古趣味の典型例としては骨董品に対する愛着を挙げることが出来ますが、骨董品収集の対象は昔の茶器や掛け軸などであることが普通だからです。

ただし骨董品を取集することは、それを自分の手元に持ち、大切にすることを含みます。結局、「懐古」とは「自分のもの」に対して行われるものなのです。

懐古の類語・類義語としては過去の時代や故郷などを懐かしむことを意味する「ノスタルジー」、昔の出来事を懐かしみながら思い出すことを意味する「懐旧」、思い出を述べることを意味する「述懐」などがあります。

懐古の古の字を使った言葉としては、はるか昔、大昔を意味する「往古」、過去の物事を蘇らせることを意味する「復古」などがあります。

回顧の例文

1.没後250年の大きな回顧展に相応しい作品が出品されていた。
2.業績を回顧するために目録を作ったが、どうしても入手できなかった文献もあった。
3.政治家の回顧録には、往々にして誇張が多いので、全てを鵜呑みにするわけにはいかない。
4.運動部での活動の実態研究のための、回顧的調査に協力することにした。
5.回顧七十年の記念の本が出版された。

この言葉がよく使われる場面としては、過去の出来事を振り返り、それについて考えることを表現したい時などが挙げられます。回顧という言葉には、懐かしく思う気持ちという意味はありません。

もちろん、例文3の回顧録のように、自分自身の経験したことを述懐することはありますが、その経験を愛しむ気持ちがないことが、回顧という言葉によって示されています。

そのため、回顧という言葉は時として悲痛な物事を振り返ることを表現するためにも使うことが出来ます。「戦争の回顧」などのような使われ方のことを考えてみて下さい。

懐古の例文

1.年を取ると無駄に懐古趣味に走ってしまうらしく、父親が柄でもなく骨董品店に通いだした。
2.久しく帰っていなかった故郷の地に足をつけると、猛烈に懐古の念に駆られ始めた。
3.昭和に関する懐古録を読み、この時代に対する認識を改めざるをえなかった。
4.祖母が自分の若いころを懐古する話には、聞く人を不思議と引き込む力がある。
5.懐古厨ってどこにでもいるんだな。

この言葉がよく使われる場面としては、昔の自分の体験を懐かしく思うことを表現したい時などが挙げられます。懐古は「古い物事を懐かしむ」を短くして出来た熟語だと考えることが出来ますので、懐かしむ、愛おしく思うなどの気持ちのニュアンスが欠かせません。

懐かしむ、愛おしく思う気持ちなので、暗い過去や辛い思い出を懐古することは、本来はあり得ません。戦争の体験談は懐古ではなく回顧です。ただし「苦しかったけれども、そればかりじゃなかった」という話の場合は、懐古になることもあります。

なお例文5の「懐古厨」(読み方:かいこちゅう)とはネットスラングで、古い物事に固執する人々に対する蔑称です。厨には「間抜けな人達」という極めて悪い意味が込められています。

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