似た意味を持つ「万策尽きる」(読み方:ばんさくつきる)と「万事休す」(読み方:ばんじきゅうす)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。
どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。
「万策尽きる」と「万事休す」という言葉は、どちらも全てやり尽して施す手段がないことを意味しているという共通点があり、本来の意味は少し違いますが混同して使われる傾向があります。
「万策尽きる」と「万事休す」の違い
「万策尽きる」と「万事休す」の意味の違い
「万策尽きる」と「万事休す」の違いを分かりやすく言うと、「万策尽きる」とはすべてをやり尽くしたことを強調した表現、「万事休す」とはもうお終いだということを強調した表現という違いです。
「万策尽きる」と「万事休す」の使い方の違い
一つ目の「万策尽きる」を使った分かりやすい例としては、「万策尽き果ててしまいました」「まだ万策尽きていないのでもう少し頑張ろう」「この場から脱出しようとあらゆる手段を試みたが万策尽きる」「彼は万策尽きても諦めることはなかった」などがあります。
二つ目の「万事休す」を使った分かりやすい例としては、「状況を確認してみたが万事休すとしか言いようがありません」「万事休すになることだけは避けなければなりません」「残念だがこの件は万事休すだ」などがあります。
「万策尽きる」と「万事休す」の使い分け方
「万策尽きる」と「万事休す」はどちらも全てやり尽して施す手段がないことを意味しており、大きな違いはありません。
あえて違いを挙げるならば、すべてをやり尽くしたことを強調したい場合は「万策尽きる」を使い、「万事休す」とはもうお終いだということを強調したい時は「万事休す」を使うようにしましょう。
「万策尽きる」と「万事休す」の英語表記の違い
「万策尽きる」も「万事休す」も英語にすると「exhaust all possibilities」「reach the end of A’s rope」「have no other choice」となり、例えば上記の「彼は万策尽きても諦めることはなかった」を英語にすると「He didn’t let go even though he exhausted all possibilities」となります。
「万策尽きる」の意味
「万策尽きる」とは
「万策尽きる」とは、できる限りの手段や方法がなくなることを意味しています。
「万策尽きる」の読み方
「万策尽きる」の読み方は「ばんさくつきる」です。誤って「まんさくつきる」などと読まないようにしましょう。
「万策尽きる」の使い方
「万策尽きる」を使った分かりやすい例としては、「試合に出るために様々な努力を行なったが万策尽きてしまった」「どやっても明日のプレゼンに間に合いそうにありません、万策尽きてしまった」「もう万策尽きてしまったので奇跡の逆転優勝は厳しいだろう」などがあります。
「万策尽きる」はできる限りの手段や方法のことを意味する「万策」に、次第に減ってとうとうなくなることを意味する「尽きる」が合わさり、できる限りの手段や方法がなくなることの意味で使われている言葉です。
「万策尽きる」は、自分が直面している問題に対して、あらゆる手段や方法を試してみたものの、何も効果が得られなかった場合に使います。また。これ以上自分ではやれることがないことを表現したい時にも使うことが可能です。
したがって、「万策尽きる」は絶望や諦めのニュアンスを持つマイナスなイメージを言葉になります。
「万策尽きる」の類語
「万策尽きる」の類語・類義語としては、どの方面にも差し障りがあって手の打ちようがないことを意味する「八方塞がり」、物事が行きづまって先に進めない状態になることを意味する「袋小路に入る」などがあります。
「万事休す」の意味
「万事休す」とは
「万事休す」とは、もはやお終いで何をしてもだめなことを意味しています。
「万事休す」の読み方
「万事休す」の読み方は「ばんじきゅうす」です。誤って「まんじきゅうす」などと読まないようにしましょう。また、「万事窮す」と漢字で表記するのも誤りなので、間違えないよう注意が必要です。
「万事休す」の使い方
「万事休す」を使った分かりやすい例としては、「相手との実力差がありすぎてどんな戦法も万事休すだ」「人身事故で電車が運行停止になったのでタクシーが捕まらないと万事休すです」「彼が解読することができないのなら万事休すだ」などがあります。
「万事休す」はもはやお終いで何をしてもだめなことやもう施す手が一切ないことを意味することわざです。やれることが全てやり切ったが状況を変えることができなかった場合になどでよく使われています。
したがって、「万策尽きる」は絶望や諦めのニュアンスを持つマイナスなイメージを持つ言葉です。
「万事休す」の由来
「万事休す」の由来は中国宋史の荊南高氏世家にある故事です。荊南の国を継いだ王子の保勛は甘やかされて育ちました。そのため、人が怒って睨んでもにこっと笑う保勛に、荊南の人々がこの国は終わりだという意味で「万事休すだ」と言いました。
このことが転じて、もはやお終いで何をしてもだめなことを「万事休す」と言うようになりました。また、最後に余談として、保勛が四代目当主になってから政治は乱れ国が滅びています。
「万事休す」の類語
「万事休す」の類語・類義語としては、解決する手段が全くないことを意味する「お手上げ」、とるべき方法がないことを意味する「打つ手なし」、逃げ出すことのできない状態のことを意味する「袋のネズミ」などがあります。
「万策尽きる」の例文
この言葉がよく使われる場面としては、できる限りの手段や方法がなくなることを表現したい時などが挙げられます。
上記の例文にあるように、「万策尽きる」は全てやり尽してもう何も手段が残されてない場合に使う言葉です。
「万事休す」の例文
この言葉がよく使われる場面としては、もはやお終いで何をしてもだめなことを表現したい時などが挙げられます。
上記の例文にあるように、「万事休す」はもうお終いだということを強く協調したい場合に使う言葉です。
「万策尽きる」と「万事休す」はどちらも全てやり尽して施す手段がないことを表します。どちらの言葉を使うか迷った場合、すべてをやり尽くしたことを強調したい時は「万策尽きる」を、もうお終いだということを強調したい時は「万事休す」を使うと覚えておきましょう。