似た意味を持つ「目は口ほどに物を言う」(読み方:めはくちひどにものをいう)と「目は心の鏡」(読み方:めはこころのかがみ)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。
どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」という言葉は、どちらも目を見ればその人の心の様子が分かることを意味しているという共通点があり、本来の意味は少し違いますが混同して使われる傾向があります。
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」の違い
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」の意味の違い
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」の違いを分かりやすく言うと、「目は口ほどに物を言う」は日本古来から使われていた言葉、「目は心の鏡」は中国が由来の言葉という違いです。
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」の使い方の違い
一つ目の「目は口ほどに物を言う」を使った分かりやすい例としては、「目は口ほどに物を言うから良いことがあればすぐ分かるよ」「目は口ほどに物を言うので適当なこと言ってもバレますよ」などがあります。
二つ目の「目は心の鏡」を使った分かりやすい例としては、「目は心の鏡なので彼が嘘をついてるのは分かっています」「目は心の鏡というので彼は優しい子だと思います」「目は心の鏡というし彼女が言ってることは本当だろう」などがあります。
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」の使い分け方
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」はどちらも目を見ればその人の心の様子が分かることを意味しており、大きな違いはありません。
あえて違いを挙げるならば、「目は口ほどに物を言う」は日本古来から使われていた言葉なのに対して、「目は心の鏡」は中国が由来の言葉という点です。
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」の英語表記の違い
「目は口ほどに物を言う」も「目は心の鏡」も英語にすると「The eyes are as eloquent as the mouth」「Eyes speak more eloquently than lips」「The eyes cannot belie one’s true thought」などがあります。
「目は口ほどに物を言う」の意味
「目は口ほどに物を言う」とは
「目は口ほどに物を言う」とは、情のこもった目つきは口で話すのと同じくらい気持ちを表現することを意味しています。
「目は口ほどに物を言う」の使い方
「目は口ほどに物を言う」を使った分かりやすい例としては、「目は口ほどに物を言うように彼は嘘をついています」「目は口ほどに物を言う通り彼は私のことをあまり好きではないらしい」「目は口ほどに物を言うので嬉しいことがあったのは丸わかりです」などがあります。
「目は口ほどに物を言う」は情のこもった目つきは口で話すのと同じくらい気持ちを表現すること意味することわざです。簡単に言うならば、何も言わなくて目を見れば気持ちが分かることを指しています。
「目は口ほどに物を言う」はプラスのイメージとマイナスのイメージどちらでも使うことができます。
例えば、「目は口ほどに物を言うように何も言わなくてもあなたの気持ち分かりますよ」のように、肯定的なニュアンスで使う場合はプラスのイメージになります。
一方、「目は口ほどに物を言うというので安易な嘘をはつかない方がいいですよ」のように、相手を批判する否定的なニュアンスではマイナスなイメージになると覚えておきましょう。
「目は口ほどに物を言う」の由来
「目は口ほどに物を言う」の詳しい由来は判明していません。しかし、江戸時代の書物にはすでに使われており広く浸透してたため、これ以前から使われていた言葉と言われています。
また、「目は口ほどに物を言う」昔は使われていたものの、2000年代ではあまり使われていない言葉でした。ではなぜ、現代でも頻繁に使われるようになったかというと、コロナ禍の影響でマスク使用が増え、相手の表情を確認する手段が目だけになったのが原因だと言われています。
「目は口ほどに物を言う」の類語
「目は口ほどに物を言う」の類語・類義語としては、無言のうちに心が通じ合うことを意味する「以心伝心」、相手が承知しているか不承知なのかは目を見て判断しなさいということを意味する「成るか成らぬか目元で知れ」などがあります。
「目は心の鏡」の意味
「目は心の鏡」とは
「目は心の鏡」とは、目を見ればその人の心の様子が分かることを意味しています。
「目は心の鏡」の使い方
「目は心の鏡」を使った分かりやすい例としては、「目は心の鏡というので何か良いことがあったのだろう」「目は心の鏡なので嘘をついてもすぐバレますよ」「目は心の鏡というのであなたが悲しんでるのは分かりますよ」などがあります。
「目は心の鏡」は目はその人の心の中を映し出す鏡であること、つまり、目を見ればその人の心の様子が分かることを意味することわざです。
「目は心の鏡」は昔は使われていたものの、2000年代ではあまり使われていない言葉でした。ではなぜ、現代でも頻繁に使われるようになったかというと、コロナ禍の影響でマスク使用が増え、相手の表情を確認する手段が目だけになったのが原因だと言われています。
「目は心の鏡」の語源
「目は心の鏡」の語源は中国です。中国の思想書である『孟子』に、「目は心の鏡」という一文があり、これが日本に入ってきて、目を見ればその人の心の様子が分かることの意味で使われるようになりました。
「目は心の鏡」の類語
「目は心の鏡」の類語・類義語としては、額や量は少ないが真心をこめているということを意味する「気は心」、人の目というものはその人の心の裡や本性をそのままに表すことを意味する「目は心の窓」などがあります。
「目は口ほどに物を言う」の例文
この言葉がよく使われる場面としては、情のこもった目つきは口で話すのと同じくらい気持ちを表現したい時などが挙げられます。
上記の例文にあるように、「目は口ほどに物を言う」はプラスとマナイナスのイメージどちらでも使うことができる言葉です。
「目は心の鏡」の例文
この言葉がよく使われる場面としては、目を見ればその人の心の様子が分かることを表現したい時などが挙げられます。
上記の例文にあるように、「目は心の鏡」はプラスとマナイナスのイメージどちらでも使うことができる言葉です。
「目は口ほどに物を言う」と「目は心の鏡」はどちらもを表します。どちらの言葉を使うか迷った場合、日本古来から使われていてるのが「目は口ほどに物を言う」、中国が由来なのが「目は心の鏡」と覚えておきましょう。