【灯台下暗し】と【岡目八目】の意味の違いと使い方の例文

言葉の使い方の例文

似た意味を持つ「灯台下暗し」(読み方:とうだいもとくらし)と「岡目八目」(読み方:おかめはちもく)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。

どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分け方を参考にしてみてください。

「灯台下暗し」と「岡目八目」という言葉は、どちらも人の見え方や視点の違いに関することわざを意味しているという共通点があり、本来の意味は少し違いますが混同して使われる傾向があります。




「灯台下暗し」と「岡目八目」の違い

「灯台下暗し」と「岡目八目」の違いを分かりやすく言うと、「灯台下暗し」とは身近な事情はかえってわかりにくいこと、「岡目八目」とは第三者のほうが物事の是非得失を当事者以上に判断できるということという違いです。

一つ目の「灯台下暗し」を使った分かりやすい例としては、「犯人はずっと近くにいたなんて灯台下暗しとはこのことだ」「地元の美味しいラーメン屋を知らなかったので灯台下暗しと言えるだろう」「調査チームの中心にいた人物が情報を漏らしていたなんて灯台下暗しでした」などがあります。

二つ目の「岡目八目」を使った分かりやすい例としては、「親友の恋愛相談を聞いていて岡目八目とはよく言ったものだと実感しました」「試合の最中は気づかなかったが観客席から見ると戦術の甘さがよくわかり、岡目八目でした」などがあります。

「灯台下暗し」と「岡目八目」はどちらも人の見え方や視点の違いに関することわざを意味する言葉ですが、使い方に少し違いがあるので注意が必要です

「灯台下暗し」は「なくした鍵が玄関に落ちていて、まさに灯台下暗しでした」「息子の才能に気づけなかったのは親として灯台下暗しだったかもしれません」などのように、身近なことほど案外気づきにくいというニュアンスで使います。

一方、「岡目八目」は「喧嘩している本人たちは気づいていないけど、岡目八目で見れば原因は明らかだ」のように、当事者よりも第三者の方が物事の状況を客観的に把握できるというニュアンスで使う言葉です。

つまり、「灯台下暗し」と「岡目八目」は近いことわざではあるものの、意味自体は異なっている言葉と覚えておきましょう。

「灯台下暗し」も「岡目八目」も日本語特有のことわざなので、直訳した英語表現はありません。

「灯台下暗し」の意味

「灯台下暗し」とは、身近な事情はかえってわかりにくいことを意味しています。

「灯台下暗し」を使った分かりやすい例としては、「会社の中に優秀な人材がいたとは気づかなかったので灯台下暗しです」「忘れ物を探して家中を探したけどかばんの中に入っていたので灯台下暗しと言えるだろう」「この問題の解決策は灯台下暗しでした」などがあります。

「灯台下暗し」は身近な事情はかえってわかりにくいことを意味することわざです。ことわざとは、古くから言い伝えられてきた教訓または風刺の意味を含んだ短い言葉のことを意味しています。

「灯台下暗し」を近すぎてかえって気づけないというニュアンスで使うので、簡単に言うならば、意外と一番近くにあるということです。

「灯台下暗し」は日常生活やビジネスシーンなど、様々な場面において使うことができます。

「灯台下暗し」の語源は灯台です。灯台は遠くを照らすけれど、足元は意外と暗いということが転じて、身近な事情はかえってわかりにくいことの意味で使われるようになりました。

「灯台下暗し」の類語・類義語としては、秘事や秘伝はまつげのようなもので、案外手近なところにあるが、容易に気づかれないということを意味する「秘事は睫」があります。

「岡目八目」の意味

「岡目八目」とは、第三者のほうが物事の是非得失を当事者以上に判断できるということを意味しています。

「岡目八目」の読み方は「おかめはちもく」です。誤って「おかめはちめ」などと読まないようにしましょう。

「岡目八目」を使った分かりやすい例としては、「会議では当事者が熱くなりすぎていたので岡目八目で見ていた自分が冷静にまとめ役を担った」「クラスの友人関係がこじれているが岡目八目で見れば小さな誤解から来ているとわかる」などがあります。

「岡目八目」は第三者のほうが物事の是非得失を当事者以上に判断できるということを意味することわざです。つまり、簡単に言うならば、当事者には見えないことも、傍から見ている人にはよく見えるという教訓を表しています。

「岡目八目」は日常生活、ビジネスシーン、恋愛シーン、スポーツシーンなどの様々な場面で使うことができる言葉です。

「岡目八目」の語源は囲碁です。囲碁用語で「岡目」とは横から見ている人のことを意味しており、「八目」とは八手先まで読める人のことを意味しています。

囲碁は相手の手を先読みして戦うゲームなのですが、プレイヤーは集中しすぎて判断を誤ることがあります。しかし、横で見ている観戦者は冷静なのでむしろ先の展開が見えたすることが多いのです。

このことが転じて、第三者のほうが物事の是非得失を当事者以上に判断できるということを「岡目八目」と言うようになりました。

「岡目八目」の類語・類義語としては、 当事者よりも関りのない他人の見解の方が公平で正確だということを意味する「他人の正目」があります。

「灯台下暗し」の例文

1.探していたメガネがなんと自分の頭の上にありました。まさに灯台下暗しです。
2.問題の原因が自分自身にあったとは気づかなかった。灯台下暗しとは怖いものだ。
3.いつも相談に乗ってくれていた彼が、理想のパートナーだったなんて灯台下暗しでした。
4.家の中を隅々まで探したのに鍵が玄関の靴箱の上に置いてあったなんて、灯台下暗しと言えるだろう。
5.古い資料を探して図書館に通っていたが、実家の押し入れにあったので灯台下暗しでした。

この言葉がよく使われる場面としては、身近な事情はかえってわかりにくいことを表現したい時などが挙げられます。

上記の例文にあるように、「灯台下暗し」は身近なことほど案外気づきにくいというニュアンスで使う言葉です。

「岡目八目」の例文

1.社内の派閥争いは、岡目八目で見ると本質的には立場の違いにすぎません。
2.当事者になると視野が狭くなりがちだが、岡目八目で物事を見ると冷静になれます。
3.将棋をしているとき、見ている人の方が次の一手が見えることがある。これも岡目八目と言えるだろう。
4.喧嘩している二人は気づいていないけど、岡目八目で見ればどちらにも原因があると分かりました。
5.お互いの気持ちに気づいていない二人を見て、岡目八目だなと感じました。

この言葉がよく使われる場面としては、第三者のほうが物事の是非得失を当事者以上に判断できるということを表現したい時などが挙げられます。

上記の例文にあるように、「岡目八目」は当事者よりも第三者の方が物事の状況を客観的に把握できるというニュアンスで使う言葉です。

「灯台下暗し」と「岡目八目」はどちらも人の見え方や視点の違いに関することわざのことを表します。

どちらの言葉を使うか迷った場合、身近な事情はかえってわかりにくいことを表現したい時は「灯台下暗し」を、第三者のほうが物事の是非得失を当事者以上に判断できるということを表現したい時は「岡目八目」を使うと覚えておきましょう。

言葉の使い方の例文
編集者
株式会社セラーバンク/例文買取センター運営
例文買取センター