【憐憫】と【不憫】の意味の違いと使い方の例文

言葉の使い方の例文
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似た意味を持つ「憐憫」(読み方:れんびん)と「不憫」(読み方:ふびん)の違いを例文を使って分かりやすく解説しているページです。

どっちの言葉を使えば日本語として正しいのか、迷った方はこのページの使い分けを参考にしてみてください。

「憐憫」と「不憫」という言葉は同義語で、どちらも「あわれむこと、かわいそうに思うこと」という同じ意味を持ちますが、それぞれの言葉の使い方には少し違いがあります。



憐憫と不憫の違い

憐憫と不憫の違いを分かりやすく言うと、憐憫というのは、文法的には名詞で、不憫というのは、文法的には名詞か形容動詞という違いです。二つの言葉に意味の上での違いはありませんが、日本語の文として取れる形に違いがあります。

憐憫も不憫も名詞として機能します。名詞の文法上の機能にはいろいろありますが、憐憫と不憫は特に、助詞を伴って他の要素を修飾する連体修飾語か連用修飾語として使われることの多い言葉です。

連体修飾語というのは、体言を修飾する言葉という意味です。体言というのは、簡単に言うと名詞のことです。例えば助詞「の」を伴って、「憐憫の情」や「不憫の念」というように使われます。

次に連用修飾語というのは、用言を修飾する言葉という意味です。用言というのは、簡単に言うと動詞、形容詞、形容動詞のことです。

動詞を修飾する時には、例えば「に」を伴って「不憫に思う」「憐憫に映ずる」というように使われます。形容詞を修飾する時には、例えば「に」を伴って「その感情は不憫に近い」「その感情は憐憫に近い」というように使われます。

今回は形容動詞を修飾する例を挙げませんが、それは憐憫と不憫が形容動詞と結びつくことは少ないからです。

以上が憐憫と不憫に共通する使い方でしたが、ここからは違いを説明します。形容動詞として使われるのは不憫だけで、憐憫にはそうした使い方はありません。

形容動詞というのは、物事の性質・状態を表現する言葉です。簡単に言うと、客観的な物事に関して、「〇〇は××だ」と表現できるものが形容動詞です。(ちなみに、形容詞は「この岩は固い」のように、「○○は××い」という形になります。)

「彼の境遇は不憫だ」とは言えますが、「彼の境遇は憐憫だ」とは、日本語ではふつう言えません。このことから、不憫は形容動詞としても使われ、憐憫は使われないということが分かります。

しかし、以上の説明は語感に頼ったものです。以下では、なぜ憐憫は形容動詞として使われることはなく、不憫は形容動詞として使われるのかを詳しく説明します。

憐憫の意味

憐憫とは、「あわれむこと、かわいそうに思うこと」という意味を持つ名詞です。不憫は名詞の中でも特に、ある物事の総称を表現する「普通名詞」です。例えば「心」や「空間」という言葉も同じように一般名詞です。

憐憫の憐も憫も、どちらも常用漢字ではありません。どちらも「あわれむ」という意味を持ちますが、意味合いには少し違いがあります。

憐という字には、気の毒であることだけでなく、気の毒だからこそ「いつくしむ」「愛でて鑑賞する」という意味合いがあります。もう一つの憫という字には、あわれみが昂じて「みもだえする」という意味合いがあります。

こうした漢字の意味合いから考えると、憐憫という言葉は、話者の心情を表現するものです。だから「彼の境遇に憐憫の念を抱く」とは言えても、「彼の境遇は憐憫だ」とは決して言うことが出来ないのです。憐憫という言葉は、話者の心の外を表現出来ません。

このように考えると、不憫には形容動詞の使い方があるのに、憐憫にはその使い方がない理由が分かります。形容動詞とは物事の性質・状態という客観的なものを表現する言葉だからです。心情という主観的なものを表現する憐憫にその使い方がないのは当然です。

憐憫の類語・類義語としては、他人の身になって自分のことのように憐れむことを意味する「同情」、自分が憐れみを向けた相手から苦痛を取り除く精神的な営みを意味する「慈悲」、憐れみや同情のことを意味する「惻隠」などがあります。

憐憫の対義語・反対語としては、思いやりの気持ちに欠けることを意味する「薄情」、憎しみが湧くほど嫌いであることを意味する「嫌悪」、他人を軽んじる態度を意味する「侮蔑」などがあります。どういう反対かによって、様々な対義語・反対語があります。

憐憫の憐の字を使った別の言葉としては、守ってやりたくなる気を起こさせる愛らしさを意味する「可憐」、気の毒に思う気持ちを意味する「憐情」などがあります。

憐憫の憫の字を使った言葉としては、あわれな気持からこみ上げる笑いを意味する「憫笑」、あわれむべき様子を意味する「憫然」などがあります。

不憫の意味

不憫とは、「あわれむこと、かわいそうに思うこと」という意味を持つ名詞か形容動詞です。

不憫という字面を見ると、「あわれむ」を否定して「あわれまない」ことを意味するように思いますが、実は憫という字は当て字で、もともとは「不便」という漢字を書いていました。

辞書で不憫という言葉を引くと、「あわれに思うこと」に加えて、「都合の悪いこと」と「かわいがること」という意味も挙げられています。

「都合の悪いこと」と「かわいがること」は現代の不憫という言葉の意味には残っていません。「不便」と書かれていた中世から近世ごろまでの用法です。「都合の悪いこと」の意味は、現代語の「不便」(よみかた:ふべん)に通じているのが印象的です。

漢字表記が変わり、意味も消えましたが、それでも「不便」と書かれていた頃の形容動詞としての用法は残っています。形容動詞というのは、物事の客観的な性質・状態を表現する言葉です。

そのため、もっぱら心情的な物事を表現する憐憫と違って、不憫は「〇〇は不憫だ」というように使うことが出来ます。

「形容動詞は『~だ』と言った時に日本語として通じるもの」と考えるよりも、言葉の成り立ちを考えたほうが納得出来るようになります。

憐憫の例文

1.彼女の境遇は憐憫に値する。
2.夏休みの宿題のためにその人の生い立ちを調べるうちに、図らずも憐憫に近い同情を覚えた。
3.恥を恥とも思わない彼の気質に、嫌悪とともに憐憫を抱いた。
4.どうも自分には自己憐憫の気があるという感が、日に日に増してきた。
5.憐憫の言葉をかけたことで、彼女の気分を害してしまった。

この言葉がよく使われる場面としては、あわれみの心情を表現したい時などが挙げられます。憐憫は形容動詞として使えないので、物事を客観的に表現するのではなく、もっぱら物事が自分に「あわれに」映っているという主観的な心情を表現する言葉です。

例文5の「憐憫の言葉」という表現に首をかしげる人もいるかと思いますが、言葉には情報を伝達するという客観的な側面と、心情を吐露したりコミュニケーションを取ったりする主観的な側面がありますから、このような表現も存在することが出来ます。

日常会話の中では不憫の方が使われる傾向がありますが、小説やエッセイなどで憐憫という言葉を見つけたときには、物事の客観的な側面ではなく主観的な心情を表現していることを確認してみてください。

不憫の例文

1.そんな環境の中で育った彼の境遇が不憫だと思わずにはいられなかった。
2.寒空の下毛布一枚なく段ボールに詰められているのをたまらなく不憫に思って、その子犬を連れ帰ってきてしまった。
3.彼らのことを不憫にしか感じていなかったが、実際に触れ合ってみると、彼らにも生活の中の喜びがあることが分かった。
4.事情を知らない人間に、表面だけで不憫だ不憫だと言われたくない。
5.不憫な境遇にあった者たちが、時として歴史を動かしてきた。

この言葉がよく使われる場面としては、あわれみの心情や、そうした感情を生じさせる物事や情景を表現したい時などが挙げられます。不憫は憐憫のように心情を表現することも出来ますが、心の外の物事や出来事を表現することも出来ます。

日常会話では「〇〇は不憫だ」を基本にした形が多くなりますが、そうした言葉使いは憐憫にはないことを、しっかりと覚えておくようにしましょう。

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